小さな魔法の使い方
著者:shauna


それは冬休みが開けてすぐの1月の出来事だった。

「デートって何したらいいんでしょう!?」
昼休みに2年生の教室までわざわざ出向いて森岡紗綾が発した言葉がそれだった。
「まあ、普通に一緒に出かければいいんじゃない?」
と返すのは文庫本サイズのお弁当箱を持っていつものように大オケ研の練習に行こうとする有栖川瑛琶だ。
学年こそ違うが、瀬野秋波の紹介もあって以後、勉強などを見てもらっている頼れる先輩。
そして、自分とは違い、彼氏持ちの彼女にデートの仕方を尋ねるのは極々自然な流れだった。
「でも、紗綾ちゃんいきなりどうしたの?」
「実は・・・その・・・」
モジモジとした紗綾の態度に瑛琶は首を傾げる。
「その・・あの・・・」
「?」
「さ・・誘われたんです・・・。」
「誘われた?誰に・・・」
「ゆ・・・悠真君と・・・・」
そう言うとまるで沸騰したやかんのように頭から湯気でも出そうな勢いで顔を赤らめ、肩をすぼめた。
「えっと・・・悠真君っていうのは確か・・・」
「わ・・私の好きな人です・・。」
「そっか・・・それで・・その好きな人とデートするから私に助言をしてほしいと・・・」
「・・・はい・・。」
もう恥ずかしくて倒れるんじゃないかってぐらい顔を真っ赤にしている紗綾を見て、瑛琶は少しだけ笑みをこぼした。
そうか・・私も半年前まではこんな状態だったのか・・・
「つまり、紗綾ちゃんは悠真君を自分だけのモノとして独占したいわけだね?」
「ふぇ!!」
ボスンッという多大な爆発音が聞こえた気がした。
「ちっちちちちちち!!!違います!!!!傍に居るだけで幸せなんです!!!!それなのに独占するなんて!!!!自分だけのモノになんてそんな・・・でも・・・あぅ・・・ちょっといいかも・・・いや!!やっぱり駄目です!!私には勿体なさ過ぎます!!」
一体どんな想像をしたのかはものすごく気になるが彼女のプライドを傷つけない為にあえて聞かないことにしてあげた。
「でも、このままで満足するつもりもないんでしょ?」
「それは・・その・・・そうですけど・・・」
「じゃあ、紗綾ちゃんはどうしたいの?」
「どうしたい・・・ですか・・・」
「まず、そこからじゃない?悠真君とどうして何をしてどんな関係になりたいのか・・・キチンと整理して御覧?」
「それは・・・その・・・」
紗綾が口をつぐんだ。
「できれば・・・瑛琶さんと楠木先輩みたいな関係になりたいです。」
楠木先輩というのは瑛琶の彼氏の名前である。野球部のキャッチャーで勉強は最近成績が下がり気味だが、それでも優しくて物知りな自慢できる彼だ。
でも・・ということは・・・
「私と明との関係か・・・」
「は・・ハイ!!」
「つまり、付き合って一ヶ月と経たない内にベッドインを果たしたいと・・・」
「ふぇええぇぇええぇぇええ!!!!!!」
紗綾の顔が信じられないぐらい赤くなった。
「てててててて瑛琶さんと楠木先輩って!!もうそんな関係なんですか!?」
「ああ・・うん・・違うの・・ちょっといろいろあってね・・・」
「いろいろ・・ですか・・・」
さらに顔を赤くする紗綾。
「えっと・・・多分紗綾ちゃんが考えてるようないろいろじゃないと思うから・・・それに本当に一緒に寝ただけで別に他に何をしたわけでもないし・・・」
その後詳しく話をしてあげると、紗綾もやっと落ち着いてくれた。
でも話の最中に自分のことを「私の変態!!」とかナジッてたのはなんだったのだろう。
ってか一体どんな想像をしてたのかな?問い詰めてみたいが、泣いてしまいそうなので止めておくけど・・。
そんなくだらない話をしていたら昼休み終了の予鈴が鳴ってしまった。あと5分で昼休みも終了だ。
チャイムが鳴り終わり、他クラスの生徒達がゾロゾロと出ていく中で、紗綾もしょんぼりした様子で瑛琶に踵を返した。
「あうぅ・・結局何も聞けなかったです・・。」
寂しそうに背中を丸めて2年の教室を後にしようとする紗綾。
その手首を瑛琶はそっと捕まえた。
「?」
意外そうに見つめる紗綾。そんな彼女に瑛琶は優しい笑顔を見せて・・
「じゃあ、アドバイス代わりに魔法の使い方教えてあげる。」
「ま・・魔法・・・ですか?」
「そう・・魔法。」
半信半疑な紗綾に対し、瑛琶は自身満々といった感じだ。
「耳貸して・・」
疑いつつも自然と瑛琶の口元に耳を近づける。
そこに瑛琶はボソボソと何かを呟いた。
話の最中で紗綾の顔が再び真っ赤になる。
「そ!!そんなこと!!・・・できません!!!」
「もしできれば、悠真くんともっと仲良しになれるよ?」
「で・・でも・・でも・・・」
「もし失敗しちゃったら『瑛琶さんとお昼休みにトランプして、その時の罰ゲームでしろって言われたの〜』みたいなこと言えば大丈夫だから・・。」
「うぅ〜・・・」
「部長さんには負けたくないんでしょ?だったらこれぐらいしておかないと・・」
「・・・・・」
「紗綾ちゃん。ガンバレ、ガンバレ!!」
「わ・・わかりました・・・私!がんばってみます!!」
授業開始3分前を知らせる二度目の予鈴と同時に紗綾は勢い良く教室を飛び出して行った。
それを見て瑛琶はハァ〜とため息をつく。
「お弁当・・食べそびれちゃったな・・・。」





放課後。

紗綾のとなりには悠真が居る。
「寒いな・・・」
「そうだね・・一月だもんね・・。」
普段通りの帰り道。
でも今日は特別な帰り道・・。
「あの・・悠真君。」
「何?」
「本当にいいんですか?」
「だって・・食べたことないんだろ?駅前に新しく出来たファーストフード。あそこに『チィズバーガー』ってメニューあるんだけど、絶品だぜ?」
「でもでも・・奢ってもらうなんてやっぱ悪いですよ・・。」
「大丈夫だって・・親から一昨日臨時収入貰ったから。ちゃんと家の手伝いしてもらった正統な報酬だぞ?」
あぅぅ・・でも・・好きな人にモノを奢ってもらうのなんて初めてですから・・・
でも・・これってデートって言えるんだろうか?
そんな疑問が紗綾の頭を過った。
ただ悠真と朝話をしていたらたまたま駅前のファーストフードの話になって、悠真がおいしいと言っていたモノを食べたことないと言ったら「じゃあ、今日の放課後食べに行こう。もちろん俺の奢りで・・」
なんて展開になっちゃったもんだから、焦りに焦って瑛琶の所に相談に行ったのだ。
それに、2人で一緒にでかけているんだから、これは間違いなくデートでしょう!うん!!そうに違いありません!!
「あぁ・・ここ、ここ・・。」
そう言って連れてこられたのは確かに見たこともない店だった。マックというよりはモスに近いかもしれない。注文を受けてから作るタイプの店だ。
店のシンボルは王冠を被った黒猫。店名はキャットバーガー。
季節限定で地獄バーガーと煉獄バーガーなるモノを売っていて、さらにそこにワサビやカラシをトッピングできるらしい。
う〜ん不思議な店だ。
悠真はその店に入るとすぐに「『チィズバーガー』のポテトセットとパリパリボンレスのセットを一つずつ。」と注文を済ませる。
「飲み物はどうなさいますか?」という店員の問いに悠真はすっと紗綾を振り返った。
あわててメニューを見て飲み物をセレクトする紗綾。
「えっと・・オレンジジュースで・・」
「じゃあ、もう一つはコーラにして下さい。」
悠真がそう言い終えると店員は「少々お待ち下さい。」と言って店の奥に英語混じりでオーダーを伝える。
「先に二階行って席とっといてくれる?」
悠真が笑顔で紗綾に言う。もう、それだけでも勿体ないと思えるのにこれから瑛琶さんが言っていたことを実行するとなると・・・
下手したら心臓が破裂してしまいそうだ。
ともあれ、コクンと悠真には頷き、紗綾は二階に上がる。
夕方ということもあって、店内はかなり混んでいた。
これでは席がないかもしれない。そう思った矢先。
「あっ・・」
丁度いい具合に2人分の席が空いている。
ラッキー。
紗綾は何の疑いもなくその席につき、その後5分も待たないうちに悠真は2つのトレーを持って紗綾の対面へと着席した。



「うわ!!辛!!何これ・・・」
同店内において静かな声で明が呟く。
「煉獄バーガーに唐辛子のトッピング。」
そう応えたのは瑛琶だ。
その手には食べかけの『絶品マグロハンバーガー(ワサビトッピング)』が握られている。
「しかし、せっかくの部活休みの日をわざわざ後輩の面倒みる為に使うなんて・・お人好しというかなんというか・・わざわざ先回りして席まで取っておいてあげるなんて・・・」
「いいじゃない別に・・それに・・気にならない?」
「人の恋愛よりも俺は自分のことで手一杯だから・・。」
意外と冷めた様子で明は再び煉獄バーガーを齧る。相変わらず辛そうだった。
「それで?上手くいくの?君の考えた作戦とやらは・・・」
「多分ね〜クリスマスに明が私にしたことだし・・」
「俺がしたこと・・・ってまさか!!アレ!!」
「そ!アレ!!」
「バ!!バカ!!あれはダメだろ!!」
「え〜・・私はああいうの好きだよ〜」
「俺は死ぬほど後悔してるの!!」
「ツンデレだな〜・・・」
「・・・うぅ〜・・・」


※   ※   ※
  

 チィズバーガーは確かにおいしかった。
 とろけたチーズとジューシーなパテ。そして、全粒粉を使ったパンのバランスは完璧でシンプルながらも味わい深く、癖になってしまいそうだった。
 というのは昔食べたことのある瑛琶の感想なのだが・・・
 紗綾に至っては食べている時に何の味も感じることはできなかった。
もちろんそれは体に異常があるとかそういう類ではない。
緊張のあまり、味覚が麻痺していたのだ。
そして、店を出て悠真と帰ってる今も悠真の話なんか上の空で、今からしなければならないことを思い描き、ひたすらに体をこわばらせる。
「どうした?寒い?」
小刻みに体を震わせる紗綾に心配そうに見つめる悠真。
もうそれがどうしようもなくもどかしくて・・・
罪悪感で潰れてしまいそうになるけれど・・・
『失敗したら私に責任を押し付けてもいい・・』
そんな瑛琶の言葉が紗綾に小さな勇気を与えた。
―よし・・―
まずはステップ1。
学校で悠真と落ち合う前に少し仕掛けをしたポケットに紗綾はゆっくりと手を突っ込む。
常に敬語である礼儀正しい彼女には非常に似合わないし、自覚もあるのだが、瑛琶にはこうしろと言われたため、おとなしく指示に従う。
準備としてはたったこれだけだ。後は悠真があのキーワードを言うだけ・・・


  ※    ※    ※


店を出て結構な時間が過ぎてしまった。
もうすぐ家についてしまう。
送ってもらえるのは嬉しいのだが、計画はどうやら失敗してしまったみたいだ。
家が見えてきた。
距離にして後30m前後・・・
その時だった・・。
一陣の強い風がまるで襲うように紗綾と悠真を襲う。
「うぅ〜・・・寒いな〜・・」
ハッと紗綾がそのキーワードに反応した。
―来た!!―
ポケットの中で手をグッと握り締めて紗綾は瑛琶に言われた通りに話を進める。
「ゆ・・悠真君・・ちょっと手を貸してくれませんか?」
もう、それを言ってしまっただけで顔から火が出そうだった。
そして、もう後戻りはできないこともまたしかり・・・。
それに対する悠真の回答は・・・
「あ・・ああ・・・・」
―特に断る理由が見つからないから、相手は滅多に断らない―
とは瑛琶の弁だが、それでもやっぱり緊張してしまった。
でも・・・でも・・・・
悠真がそっと右手を差し出す。
それと同時に紗綾も覚悟を決めた。
ポケットからそっと手を差し出し・・・
スッと両手で悠真の右手を優しく包む・・・
「うわ・・・」
悠真が驚いたような優しいような蕩ける表情になった。
もう、それを見ただけで紗綾にしてみれば勿体無くて・・でも、うれしくて・・・
「どう?」
「・・・・暖かい・・・」
緩みきった表情で悠真が言う。
 でも紗綾にしてみれば温かいのは当然だ。
 なぜなら・・・
 先程まで手を突っ込んでいたポケットには両方ともカイロが入っていたのだから・・・
―ポケットにカイロを入れておいて・・それで手を暖めておくの・・・それで、相手が寒いって言った瞬間に相手の手をスッと握る。そうすると想像してた以上に暖かい手の感触で凄い感動するんだよ〜・・・まあ、ちょっとしたサプライズだね〜・・―
これが瑛琶から聞いた作戦の全貌・・・
でも、道の真ん中で手を繋ぐなんて・・・・
恥ずかしくて、恥ずかしくて・・・・
そんな紗綾をよそに悠真は嬉しそうに包まれた手にさらに自分の左手を重ねてくる。
「すげ〜・・暖ったけ〜・・・」
瑛琶さんの言った通りだ。悠真はすごくうれしそうに紗綾の手を包む。もうそれがうれしくてうれしくて・・でも恥ずかしくて・・・
そのまましばらく手を繋いでいた気もするが、とにかく自分の心の底から溢れて来る幸福感を抑えるのに必死だった。
そしてそのまま手をつないだまま家まで送ってもらってから、一人家に入って思いっきり「やったー!!」と叫ぶ代わりに両手を思いっきり上げて伸びをした。
やってしまえばこんなに簡単なことだったんだ・・・
たったこれだけであんなに幸せを味わうことができるんだ・・
紗綾はしばらくその幸福感を忘れることができなかった。


   ※     ※     ※
 

「上手く行ったみたいだね・・・」
 電柱の陰から一部始終を見ていた瑛琶は明を見て微笑んだ。
一方、明は・・・
「まったく・・我ながら恥ずかしいよ・・・何であんなこと考えたんだろ・・・」
まだ少し後悔の念が残るようだった。
でも・・・
「とはいいつつ・・・」
と瑛琶は明の手首をつかみ、強制的にポケットから手を出させる。
そして・・
「あ!!」
明の悲鳴じみた声と共にその手をギュっと握り締めた。
「自分もやってるじゃない・・・」
微笑む瑛琶に明は顔を真っ赤にする。
「まったく・・・こんなことしなくても・・手を繋ぎたければ他に方法があるのにね・・・」
その言葉に明が背けていた目をスッと瑛琶に向ける。
「他の方法って・・どんな?」
「言えばいいんだよ・・・」
 発せられた言葉に疑問の表情を示す明。「言えばいいって何を?」
「『手を繋いでもいい?』って・・・」
「な・・・・」
「それが恥ずかしかったら手を出して『はい、手・・』ぐらいでもいいんだからさ・・・・」
「・・・・・・」
間・・・
「瑛琶・・・はい・・手・・・」
「うん!」
明の言葉に瑛琶は優しくその手を握り締めた。




恋とは2人で愚かになることだ・・とかつてP.ヴァレリーは言った。
そして、それは確かにその通りなのだろう。
傍から見ればそれは苛立ちすら覚えるかもしれない。
でも・・・・他者に多少の迷惑をかけても・・
それでもいいのではないのだろうか?
なぜなら愚かになった2人はその瞬間・・・・
必ず幸せなのだから・・・




あとがき
キャットバーガー・・・王冠をした黒猫“アインシュタイン”様をマスコットキャラに起用する八王子某駅前のハンバーガー店。
平日半額のセットは懐の寒さに耐えられない部活帰りの学生の頼れる味方。
瑛琶はマグロバーガーにワサビマヨのトッピングがお好み・・・

なんていうありもしない設定をのっけから語ってみるわけですが、そんなシャウナ久々の彩桜作品です。

元々はあくあ様のブログですかね・・・。
『空っぽの宝箱』内で、少しあくあ様と悪ふざけをしまして、その時に「彩桜を書く」的な話になりまして・・・その場は別にそれ以上の発展はなかったのですが、また私の脳が勝手に「マジでやったらおもしろくね・・・」という考えに行きつきまして・・・
結果、書きました。2日で。
自分でもびっくりしてます。
そして、せっかく書くのならと甘めの話を・・・
でも未だに昔書いた「ETERNAL BLAZE」という小説には勝てないのですよ・・・ルーラー様、覚えてますか?あの問題作を・・・
なんであれが書けたのか未だに不思議でなりません。あれは自分の中でも黒歴史であると共に越えられない壁になってしまいました。
あ!ちなみに今回は飲んでませんので、結構純愛です。
まあ、個人的にはお気に入り・・かな?
うん!二日にしてはよくやった俺!!と自分を褒めてみます。
まあ、いいですよね!自分が脳内で自己満足するのはタダですし!!
ビバ脳内!!
それでは様々な作業に戻りたいと思います。
学校も始まりましたしね・・。
今年度も宜しくお願いします。
では。



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